比叡山より「元三大師自刻像」を迎える

加えて、正暦二年(九九一)第十八代天台座主慈恵大師良源(じえだいし りょうげん)大僧正の自刻像が、大師の高弟である慈忍(じにん)和尚、恵心僧都(えしんそうず)両師の意を受けた寛印により遥か叡岳より深大寺に遷座されました。

良源大僧正は正月三日の入滅により、元月三日の大師さま、通称「元三大師(がんざんだいし)」として有名ですが、荒廃していた比叡山諸堂の復興など数多の功績を上げられたので、比叡山中興の祖としても崇められています。生前は人並みはずれた霊力により数々の奇跡を起したことから、やがて大師にまつわるさまざまな説話が生まれ、比叡全山のどこでも種々の伝承をもつ大師像が祀られるようになり、その信仰は中世以降、畿内はおろか、遠くの関東の大寺にも及んだのです。

『縁起』によると、深大寺の元三大師像は比叡山解脱谷において、大師さま自ら能救世間苦の大願を起こされて刻まれたお姿であることを伝えると共に、「武蔵深大寺は代々の勅願所なり、此の影像を安置し、国運を守り、東国の群生を化益し給わん」ことを願われたと伝えていることから、特に大師さまは自刻像によせて国家の守護と東国の人々の安寧を深大寺に託されたのです。

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